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旭川地方裁判所 昭和32年(ワ)126号 判決 1960年1月22日

原告 松永正行

被告 国 外一名

訴訟代理人 宇佐美初男 外七名

主文

一、被告清杉佐一は、原告に対し、金四十万五千百九十七円及びこれに対する昭和三十二年五月七日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告清杉に対するその余の請求及び被告国に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを三分し、その一を被告清杉の負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り金十三万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

(双方の申立)

原告は、「被告等は、各自、原告に対し、金五十万円及びこれに対する昭和三十二年五月七日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告等の負担とする。」旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被告等はいずれも請求棄却の判決を求めた。

(原告の主張)

一、被告国に対する請求原因。

(一)  原告は、昭和三十一年九月二十日午后八時四十分頃自転車に乗つて旭川市一条通道路左側を八丁目方面より一丁目の方向に西に進行し二丁目に差しかかつた際、突然被告清杉佐一の運転する自動二輪者(以下本件自動二輪車という。)に後方右側から激突され、頭部挫傷(頭蓋底骨折右鼓膜破裂)の重傷を蒙つた。

右事故は、被告清杉が、運転免許を有しないのに酩酊の上規定外の速力(約五十粁)で本件自動二輪車を運転し一条通を原告と同方向に向け進行中前方に発見した自動四輪車を避けんとして左側に回避した際、過失により惹起されたものである。

ところで、被告清杉は、旭川開発建設部の臨時傭入であり、本件事故はその帰宅途上に発生したものであるから国家賠償法第一条にいわゆる「職務を行うにつき」発生したものであつて被告国は同法条に基き本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。すなわち、同法条の職務を行うについてとは職務執行中と狭義に解すべきでなく、職務執行中は勿論出勤途上並びに帰宅途上をともに包含するものである。

しかして原告は、本件事故により意識を失い直ちに日本赤十字社旭川病院に入院約一ケ月後奇蹟的に意識を恢復し同年十一月二十四日退院後も通院加療につとめたが、鼓膜破裂による障害は回復の見込なく昭和十年以来原告が営んできた書籍販売業を経営してゆくことができないようになつた。そこで、本件事故による原告の精神上の損害を金銭に見積るとすれば、金五十万円をもつて相当とする。

また本件事故により蒙つた財産上の損害は(1) 原告自身が負担した治療費金三千百四十七円(2) 栄養資金一万四千九百三十円(3) 看護人に対する給料、見舞客を接待したり宿泊させた費用等金四万四千百七十円(4) 原告は治療中その業務に従事することができなかつた結果他人を雇傭して営業せざるを得なかつたが、このため臨時雇人に支払つた費用金六万円の外雇人に任せきりにしたため必然的に生ずる営業上の損失を合せた営業上の損害金計五十万円(5) 原告が本件事故により重態に陥つた為め子供、兄弟、親を呼寄せた費用金六万五千円である。

よつて、原告は、被告国に対し、右慰籍料金五十万円と財産上の損害金六十一万七千二百四十七円合計金百十一万七千二百四十七円のうち金五十万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

(二)  仮に国に国家賠償法第一条に基く責任がないとしても、本件事故は公の営造物たる本件自動二輪車の管理に瑕疵があつたことに基因するから被告国は同法第二条に基く責任を免れない。すなわち、本件自動二輪車は被告国の行政機関たる旭川開発建設部旭川出張所の管理にかかる公の営造物であり、被告清杉により惹起された本件事故は、当夜本件自動二輪車保管の責に任じていた事実上の宿直員である同出張所職員訴外藤田茂男及び小使佐藤某において、被告清杉が運転免許を有しないこと及び飲酒酩酊していたことを知り乍ら、敢て同被告に本件自動二輪車の使用を許諾したことに基因するから、結局本件事故は公の営造物の管理に瑕疵があつたことによつて生じたものというべきである。仮に、前記両名が被告清杉の無免許者たる事実及び酩酊の事実を認識しなかつたとしても、過失により認識しなかつたものであるから国の責任に消長を来すものではない。

なお、本件自動二輪車が同法第二条の営造物ということができないとしても同法を準用して被告国はその責任を負うべきものである。

(三)  仮に(一)(二)の請求が認められないとしても、本件事故は国の被用者たる前記藤田茂男及び佐藤某が職務として本件自動二輪車を保管中これを過失により被告清杉に貸与したことに基因するから、被告国は右両名の使用者として、右事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

二、被告清杉佐一に対する請求原因。

被告清杉佐一は前記のように過失により本件事故を惹起し原告に損害を与えたから被告国に対すると同様の賠償を求める。

(被告国の答弁)

一、原告主張の請求原因事実中被告清杉が原告主張日時無免許で自動二輪車を操縦し原告主張の場所で原告に追突させそのため原告が主張のような傷害を蒙り意識を喪失して日本赤十字社旭川病院に入院し原告主張の頃退院したこと、被告清杉が旭川開発建設部旭川出張所から帰宅の途上であつたこと、原告が当時書籍販売業を営む商人であつたことは認めるが、退院後治療のため通院したこと、事故による障害が恢復の見込がないということは知らない。被告清杉が酩酊の上運転し規定外の速力で操縦し過失により本件事故を惹起した事実、原告が主張のような損害を蒙つた事実はいずれも否認する。

二、被告国と被告清杉との関係、本件二輪自動車と被告国との関係は次のとおりである。

(1)  被告清杉は事故当日旭川開発建設部旭川出張所に雇傭されてはいたものの日々雇傭のいわゆる人夫であつて、その業務内容は専ら道路工事の直接指揮監督の下に国道の補修業務に従事するものであり又同人の雇傭形態たる日々雇傭とは雇用期間が一日限りのものでしかもその勤務時間は午前八時に始り午後五時を以て終了し雇傭関係も右勤務時間の終了によつて当然消滅するものである。

(2)  又本件二輪自動車は右出張所の職員岡本一夫が私的関係で自己の私用に供するため矢沢自転車店から借出して同出張所倉庫に施錠して一時入れておいたものであつて、被告清杉は業務終了後任意同出張所に立寄り友人の行う遊戯を傍観して時を過したのち帰宅しようとしたところ同被告の自転車がパンクしていたので無断で持出し、矢沢自転車店に行き同店の妻に対し言葉巧に申向けて合鍵を借り受け運転中本件事故が惹起したものである。

三、したがつて、

(一)  本件事故発生当時は被告清杉は国の被用者でないから公務員であるということはできず又本件事故は国道の補修業務の執行とはなんら関係なく職務として公権力を執行するにつき発生したものではなから、被告国は国家賠償法第一条の公権力の行使に基く損害の賠償責任はない。

(二)  本件自動二輪車が事故当時国の所有に属するものでも管理するものでもないから同法第二条の公の営造物の管理の瑕疵に基く損害の賠償責任はない。

(三)  右のように本件自動二輪車が国の所有に属するものでも管理するものでもない以上民法第七百十五条適用の余地がないものである。

仮に訴外藤田茂男に本件自動二輪車の管理責任があつたとしても被告清杉は施錠してある本件自動二輪車を右藤田の同意を得ることなく無断で持出したものであるから被告国には何ら責任がない。

(被告清杉佐一の答弁)

被告清杉に対する請求原因事実中被告清杉が無免許で本件自動二輪車を運転し、原告主張の日時場所で原告に追突し主張のような傷害を与えたこと、本件事故当時原告が書籍販売業を営む商人であつたこと、本件事故により原告が意識を喪失して日本赤十字病院に入院し主張の頃に同病院を退院したことは認めるが退院後治療のため通院したこと事故による障害が恢復の見込がないとの点は不知、その余は争う。

証拠関係<省略>

理由

一、被告国に対する請求について。

(一)  先ず国家賠償法第一条に基く請求について判断する。

原告が昭和三十一年九月二十日午后八時四十分頃自転車に乗つて旭川市一条通を八丁目方面より一丁目の方向に通行中二丁目先路上で被告清杉佐一が帰宅のため運転する同方向に向け進行してきた自動二輪車に後方から追突され、頭部挫傷(頭蓋底骨右鼓膜破裂)の傷害をうけたことは当事者間に争いがない。

更に当夜被告清杉佐一が運転免許を有しないのに本件自動二輪車を運転していたことも当事者間に争いがなく、また成立に争いのない甲第一・二・四・五・六号証と被告清杉佐一の本人尋問の結果を綜合すれば、本件事故現場には見透しを妨げる物が何もなかつたに拘わらず被告清杉は折柄の降雨にややうつむき加減で運転していて前方を良く見ていなかつたため前方約八米に原告の人影を発見しながらその動きを適確に把握もせず剰さえ偶々約五・六十米前方より対面して進行してくる普通自動車のライトに目がくらみ警音器を吹鳴する等前記人影に対する処置を忘れ、慢然進行したため追突して本件事故に及んだことが認められ、右認定に反する証拠はない。

およそ自動二輪車を運転する者は不断に進路前方を注視警戒して人形を発見した場合その動作に注意し或いは警音器を吹鳴し或いは何時にても停車の措置を講じうるよう事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるところ、右認定のように被告清杉は右の注意義務を怠つたため本件事故を惹起したものであるから、原告の前記傷害は被告清杉の重大な過失に基因するといわなければならない。

しかして成立に争いない乙第四・五号証、証人岡本一夫の証言により成立を認める乙第二号証並びに証人岡本一夫、同石田洋司の各証言、原告及び被告清杉佐一本人尋問の結果によると、被告清杉佐一は本件事故当日まで旭川開発建設部旭川出張所に国道補修の人夫として勤務していたこと、しかし同被告の身分はいわゆる日日雇傭の非常勤労務者(人夫)で法的には午前八時三十分から午后五時までの勤務時間の終了とともに同出張所との間の雇傭関係が消滅し、翌日また出張所の必要に応じて改めて雇傭されるという特殊な雇傭形態のもとにおかれていたこと、しかし事実上は翌日は使用しないと申渡されない限り出張することになつており昭和三十一年度は五月から引続き本件事故当日まで稼働していたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右のような事情の下においては、被告清杉は被告国との間に事故当時の午後八時四十分頃雇傭関係がなかつたとまで断定できるかは疑問の余地が存するが、本件事故は全証拠によるも国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて惹起したものとはいい難く、却つて前記事実に徴すれば、本件事故は公務とは何の関係もない被告清杉の帰宅途中での出来事であるから、国家賠償法第一条第一項を根拠とする被告国に対する損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

(二)  次に、国家賠償法第二条による請求について判断する。

(1)先ず本件自動二輪車が右法条にいう「公の営造物」にあたるかどうかについて考えてみるに、成立に争いのない甲第十三号証、乙第一号証、証人岡本一夫の証言によつて成立が認められる乙第二号証、証人矢沢行雄の証言によつて成立が認められる乙第三号証並びに証人岡本昭一、同矢沢行雄、同岡本一夫、同石田洋司の各証言の一部、同藤田茂男、同北野長光の各証言及び被告清杉佐一の本人尋問の結果を綜合すれば、旭川開発建設部旭川出張所は本件事故当時出張所管内の道路維持作業の仕事の視察とか工事監督に使用するため本件自動二輪車と同型のライラツク号五四年型二五〇CCを有していたが、この自動二輪車は修理のため旭川市六条通六丁目左一号で自転車店を営む訴外矢沢行雄方に預けられていたこと、そこでさきに旭川出張所に勤務し当時旭川開発建設部に転勤していた訴外岡本昭一が右の修理に出ていた出張所所有の自動二輪車の代わりに本件自動二輪車(五五年型ライラツク号自動二輪車)を右矢沢自転車店より借受け旭川出張所の車庫においておいたこと、同訴外人は右出張所機械係長訴外越前谷某にこのことを報告していたこと、被告清杉は勿論同出張所勤務の訴外藤田茂男も本件自動二輪車を旭川出張所のものであると信じ被告清杉もたまには試験的に乗車していたこと、旭川開発建設部は、本件事故により一部破損し既に中古品となつた本件自動二輪車を事故後間もなく前記矢沢自転車店より買上げたことが認められ、右事実並びに被告国の二輪自動車は訴外岡本昭一が私的関係で借受けたとの主張に矛盾するような事実、すなわち証人岡本昭一の証言によつて認められる訴外岡本昭一は矢沢自転車店と旭川出張所との間には取引関係があつたため店主の矢沢行雄とは顔見知りではあつたが、特に個人的な交際がなかつた事実、岡本昭一は右自動二輪車を一度使用したに過ぎない事実、岡本昭一の勤務している旭川開発建設部は旭川市八条通十三丁目に同旭川出張所は同市東五条三丁目にあつて相当の距離がある事実よりすれば、本件自動二輪車は、旭川出張所の公用に供されていた国の自動二輪車が修理に出ていたため出張所関係の用務を果すに不便であつたので修理に出ていた右自動二輪車の代わりに同一の公用に供するため借受けたもの即ち国において借受けたものであると推認するを相当とする。証人岡本昭一、同矢沢行雄、同岡本一夫、同石田洋司の各証言中には本件自動二輪車は岡本昭一が個人的に借受けたものである旨の供述部分があるが、前記認定事実と対比し又矢沢行雄の証言は甲第十三号証、被告清杉佐一の供述に対比し信憑性を殆ど欠如している事実によるとたやすく措信できず、右の推認を覆すに足りない。してみれば、結局本件自動二輪車は国家賠償法第二条にいう「公の営造物」にあたるというべきである。

(2)そこで、本件の場合が国家賠償法第二条にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつた」場合といえるかどうかについて考えてみるに、同条にいう設置、管理の瑕疵とは営造物の建造維持、修繕、保管行為の不完全により、営造物が本来備えているべき安全性を欠くことをいうと解すべきである。而して営造物が自動車の場合も、自動車自体に安全性に欠ける点即ち通常の用法上危険を発生させる様な物的欠陥があるわけでなく単に管理者の人的措置が失当であるだけの場合は民法第七百九条乃至国家賠償法第一条等他の法条の問題となるは格別本条の問題ではないと解すべきであるのに、本件の場合、原告は本件自動車の保管責任者が本件自動車を被告清杉に貸与便用させたという人的措置を攻撃するだけであつて本件自動二輪車自体に安全性を欠く点があつたという主張も立証もしないから国家賠償法第二条を根拠とする原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

(三)  進んで、民法第七百十五条による請求について判断する。証人藤田茂男、同石田洋司、同岡本昭一、同北野長光の各証言及び被告清杉佐一の本人尋問の結果並びに前認定の際に本件自動二輪車は事故のあつた日の数日前国において借受けて旭川開発建設部旭川出張所の公用に供されていた公の営造物であつた事実を綜合すれば、本件事故当時旭川開発建設部旭川出張所には宿直制度が存在し、宿直員は出張所構内にある自動車等機械類を保管する責任をも負うていたこと、しかして訴外藤田茂男は技術員として旭川開発建設部旭川出張所に勤務し、住宅がなかつたので当時旭川出張所の二階に宿泊し、宿直員の役をつとめていたが、本件事故当夜顔見知りの被告清杉より出張所車庫に格納してあつた本件自動二輪車を貸してくれるよう頼まれたので貸与することとし小使の訴外佐藤某と共に本件自動二輪車の鍵を探してやつたこと、しかし鍵が見つからなかつたので被告清杉はライラツク号の販売修理をしている前記矢沢自転車店で鍵を貸して貰おうと考え本件自動二輪車を車庫から引き出し、手で押して同店に赴き同被告を開発建設部の職員と誤信した係員より鍵を借受けたこと、そして右鍵を用いて始動させて之に乗車して自宅に帰る途中本件事故を惹起したものであること、前記藤田は被告清杉に本件自動二輪車を使用することを許諾した際同被告が運転免許を有しているかどうか確かめなかつたこと(なお被告清杉の本人尋問の結果によると、当夜同被告は酒を一合程度飲んでいたことが認められるけども、本件全証拠によるも同人が酩酊していたと認め難いことは勿論飲酒事実が訴外藤田に認識し得る程度に同被告の顔色や態度にあらわれていたとか右藤田において同被告の飲酒の事実を知つて本件自動車の使用を許したとかは認められない)がそれぞれ認められ、右認定に反する証人藤田茂男の証言の一部は措信できず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお被告清杉において当時自動二輪車の運転免許を有していなかつたことは当事者間に争がない。

思うに自動車を所有又は管理するものはその所有又は管理する自動車を運転免許を有しない者に使用させるべきでない注意義務を負担しているところ、訴外藤田茂男において被告清杉の無免許の事実を知りながら本件自動二輪車の使用を許したと認めるに足る証拠はないとしても、同訴外人において被告清杉に対し、その運転資格の有無について一応問いただすこともしないで輙く本件自動二輪車を使用することを許容した点になお前記注意義務懈怠の過失があるとしなければならない。然し訴外藤田茂男の過失は本件全証拠によるも右認定の程度を出ないものであり、自動車の使用を許された者が無免許者であるとの一事から直ちにその者が運転中自動車事故を惹起するということが通常生ずる事態であると言うことは出来ない上、前認定の様に本件事故については被告清杉の前方注視義務懈怠の過失が存するのであるから、他に特別な事情のない限り本件事故の原因は被告清杉の右過失であると解すべきであり、本件事故を目して訴外藤田の前記過失行為によつて生じたものと為すことは出来ない。結局被告清杉に本件自動二輪車の使用を許容した訴外藤田の過失と本件事故との間には相当因果関係があると認めることはできない。従つて、訴外藤田には民法第七百九条の単独の不法行為者としてまたは被告清杉と共同の不法行為者として本件事故により生じた損害を賠償する義務があるとはいえない。そこで、訴外藤田茂男が被告清杉に本件自動車を貸与したことが原告に対する不法行為となることを前提とし、国に対し民法第七百十五条の使用者責任を問う原告の請求は失当である。

又訴外佐藤某が小使であることは当事者間に争いなく右訴外人が本件二輪自動車の保管責任者であつたと認める証拠はなく、仮に右疎外人が前記訴外藤田茂男の履行補助者であるとしても訴外藤田茂男が前認定のように不法行為の責任がないからこれまた国に使用者責任を問うことはできない。

二、被告清杉に対する請求について。

被告清杉佐一が運転免許を有しないで本件自動二輪車を運転し、前方注視義務懈怠の過失により本件事故を惹起し、原告に主張のような傷害を与えたことは既に一の(一)(そこで用いた甲第一、二、四、五、六号証、乙第四、五号証はいずれも被告清杉の関係ではその趣旨及び方式並びに弁論の全趣旨によつて成立を認める)において述べたとおりである。従つて、被告清杉は本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

そこで、損害額について検討する。

原告が本件事故当時書籍販売業を営んでいたこと、原告が本件事故後直ちに日本赤十字社旭川病院に入院治療をうけ同年十一月二十四日頃退院したことは当事者間に争いがなく、証人松永静江の証言及び原告本人尋問の結果によつて成立が認められる甲第十号証の一乃至七十一、証人松永静江の証言によつて成立が認められる甲第十一号証の一乃至三、第十二号証の一・二・三・五・七及び九並びに証人松永静江の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は日本赤十字社旭川病院退院後も昭和三十二年五月末乃至六月初旬まで同病院に殆んど毎日通院して治療をうけたこと。しかして右入院治療費は自動車損害賠償保障法に基く保険給付金七万円余により補填されたが、退院後の通院治療費金三千百四十七円、入院中特に栄養を摂取するに要した食物費金一万二千円、売薬代金二千九百三十円、附添看護料金四千円、原告の入院及び通院中これに伴い生じた雑事を手伝つて貰つた手伝人に対する報酬金一万五千円、入院生活に必要となつた日常品の購入費金七千百七十円を原告において支出し更に本件事故により一時生死の程も判らぬ重篤の状態に陥つた為め、当時東京都内に遊学させていた次男武、三男宏を呼寄せた往復旅費等各一回分計一万三千五百円を親として支出したこと、これ等の出資は右保険給付金をもつて補填されていないことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そこで、原告が支払つた右認定の費用はいずれも前記傷害により蒙つた財産的損害ということができる。(原告の次男武は二度東京旭川間を往復していることが認められるが証人松永静江の供述によると、一度は就職試験の為に上京しているものであつてその為めの往復費用の如きは特別事情によるもので加害者に負担させ得ない。又同証人の供述によると三男宏は一度しか往復していない様にも認められ従つて甲第十二号証の三男宏が二度往復したとする点は措信出来ない。)更に証人川上宗信の証言によつて成立が認められる甲第九号証の一乃至十四並びに証人川上宗信、同松永静江の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は原告の入院及び通院により生じた原告方営業の人手不足を補うため昭和三十一年九月頃から翌年四月頃までの間原告の三男宏の学友川上宗信他二名に原告の店の手伝をして貰つたが右三名に支払つた報酬は明かな範囲内で金四万七千四百五十円に達することが認められる。なお証人松永静江の証言及び原告本人尋問の結果中には、原告が本件事故に遭つた後の昭和三十二年一月店の柵卸しの際殆んど金百万円に及ぶ欠損を発見した旨の供述部分があるが、右供述は極めて漠然としていて他に裏付証拠もない為め遼に措信し兼ねるばかりでなく、その言うところの欠損なるものが原告の本件事故による入院不在や執務が出来なかつたことのため生じたものであると断定するに足りる証拠もない。そうだとすると本件事故により原告が前記臨時手伝に支払つた費用のほかにも営業上の損害を蒙つたであろうと推測されないわけでなないとしても、その損害額算定の基礎となる事実についての主張立証が十分でない以上之を確定するに由ない。また証人松永静江の証言及び原告本人尋問の結果により成立が認められる甲第十二号証の一、四、六、八及び同証言並びに本人尋問の結果を綜合すれば、原告は入院中見舞客に対する接待費として相当金額を支出したこと、原告が事故に遭つたことを知つて見舞に駈けつけた在京の原告の妻の弟及び父の東京-旭川間往復旅費と当時既に独立して原告とは別居していたにも拘わらず事故後原告の容態を案じて同年十二月中旬頃まで旭川の原告宅から滝川に通勤した長男晃の通勤費を原告において負担したことがそれぞれ窺われるが、これ等はいずれも被告清杉に対し容易に予見を期待しえない特別事情による損害と解するのが相当であるから、被告清杉には賠償義務がないというべきである。

次に、証人舟山昇、同松永静江の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件負傷により一時生死の程も判らぬ重篤な状態に陥り、同年十一月末日本赤十字社旭川病院を退院後も、頭痛、眩暈、難聴等の後遺症治療の為め翌年五月末項迄通院を余儀なくされ、而も長期間の療養にも拘わらず今尚聴覚障害が残り、頭が重くて思考力が鈍り、続けて仕事をする根気を失つているような状況にあり、その為め昭和三十三年二月には昭和十年以来続けて来た書籍販売業を廃業したことが認められ、これらの事実と前認定の本件事故の態様や前掲各証拠によつて認められる原告の資産経歴、家族関係等諸般の事情を斟酌すれば、本件事故により原告が蒙つた精神的苦痛に対しては金三十万円の慰藉料を被告清杉より支払わしめるを相当とする。

三、よつて、原告の本訴請求は、被告清杉に対し、右財産上及び精神上の損害額合計金四十万五千百九十七円及びこれに対する右損害発生後で訴状送達の翌日である昭和三十二年五月七日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で正当として認容し、同被告に対するその余の請求及び被告国に対する請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村瀬泰三 田中永司 小笠原昭夫)

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